皆さんは辺野古沖の抗議船の転覆事件をご存知ですか?
高校二年生の女子生徒が亡くなるという、とても悲しい事故がありました。
事故が起きてから二週間余り。次から次へと出てくる事実に、どれほど多くの人が驚き、そして怒りを覚えたことでしょう。
なぜ抗議船に?
同志社国際高校の二年生の修学旅行。平和学習という名の旅行ではあるが、まさか抗議船に乗せていたとは驚きだ。
学校側の説明も二転三転。保護者説明会でも納得できる内容ではなかったとのこと。
それはそうだろう。そもそも子供たちが乗る船が、基地移設に反対する団体の『抗議船』で、運輸局への登録もない、保険加入の有無さえ不明な船であると知っていたら、親としたら乗船させることに反対していただろう。
なのに、だ。こんな危険な状態のプログラムを以前から行っていて、しかも引率の教員さえ同乗していなかったというのだから、もう開いた口が塞がらない。
この亡くなった女生徒は基地問題に強い関心を持っていて、賛成・反対という立場を超えて、実際の現場がどうなっているのかを自分の目で見たいと、お母さんに語っていたそうだ。
基地建設で埋め立てられる前のきれいな珊瑚礁を自分の目で見たいと、このプログラムを楽しみにしていたとも報じられている。
それなのに、乗せられたのはボロボロの抗議船だったのだ。
海上保安庁の警告も無視
事故当日、波浪注意報が出されていた。生徒の安全を最優先に考えれば、中止にするべきだろう。
しかし出航の判断は船長に丸投げされ、危険だとわかっている海に小さなボロボロの船で出航。
当日は悪天候で、大型の工事用作業船ですら作業を中止して避難していたほどの悪条件。さらに事故の直前には、現場の警戒に当たっていた海上保安庁の職員がメガホンを使って「気象・海象が危ないので注意してください」「波が高いので引き返してください」といった趣旨の呼びかけを繰り返し行っていたとされる。
この船を運航していた団体側と海上保安庁とは日頃から対峙する関係。
海上保安庁からの警告を素直に聞くつもりなど、最初からなかったのだろうと思う。
子供たちを乗せているのに。
子供たちの命より優先すべき何があったのか。
引率教員が同乗しなかった理由
学校側の説明では、引率教員が陸に残る生徒に付き添うために乗船しなかったとか、引率教員が乗物酔いだか体調不良だかで乗船しなかったとか、これも話に一貫性がない。
仮にどちらの理由であったとしても、教員は一人ではなかったのだから、別の教員が乗船すれば良かっただけの話だ。
それなのに生徒だけを乗せた理由は、他にあるんじゃないかと疑ってしまう。
この事故を取り上げてるYouTubeチャンネルでは、教育基本法などに抵触する恐れがあるために乗船しなかったのではないかという見解も散見される。
つまり、学校で偏った政治思想や政党支持などを誘導したり教育してはいけないという法律に抵触するから、ということだ。
学校側はこの船が抗議船だと認識していなかったなんて誤魔化していたが、過去の修学旅行でも何度もこの船に生徒を乗船させていたのだから、知らなかったはずがない。
生徒を大勢乗せた抗議船。
船長は抗議活動家。
船上で生徒たちに語られる話は想像に難くない、基地の移設反対を訴えている人物なのだから。
もしここに教員が乗っていたら?
そしてその意見の他にも大多数に地域住民は基地移設に賛成しているという事実を生徒たちに伝えなかったら?
当然教育基本法などに抵触することになるわけだ。
だから乗船しなかった。…そう疑われても仕方がないと、私は思う。
洗脳教育
今回の学校の対応に、私は中学時代を思い出した。
ある年配の男性教諭。担任は受け持っていなかったが、私たちの学年の教科を担当していた。
その先生は学校に馴染めていない生徒や欠席の多い生徒にも、よく声をかけてくれる先生だった。
ここまでなら「いい先生」なのだが、生徒が心を開いて親しく話をするようになると、今度はその生徒の親に接触をする。そして親が「親身になってくれるいい先生」だと認識し始めると、遠まわしに勧誘を始める。そう、共産党だ。
当時は政治に興味もなく、政党の違いなんて学校でいえばクラスの違い…くらいの認識しかなく、その勧誘が何を意味するのかなんてわからなかった。
勧誘を受けた私の親も全く政治に関心がなく、あまりにも関心がなさ過ぎて勧誘には乗らなかった。…褒められたことではないが、怪我の功名とでも言っておこう。
しかしそれだけでは終わらない。
勧誘に乗らなかったところにも嫌な顔はせず、子供たちに対して親身になっているという話を続け、そして最後に「赤旗新聞をとってもらえませんか」…。
勧誘に乗れば必然的に赤旗新聞をとることになり、乗らずとも新聞だけでもとらそうとする。
学校という閉鎖された環境で、子供を足掛かりに親へと触手を伸ばす。
この構図が少しずつ洗脳教育という形に変わっていったのではないか。いや、私があまり学校に通わなかったから知らなかっただけで、あの当時から既に洗脳教育は始まっていたのか。
物事を多方面から見て、相反する意見には両方の話を聞き、そして自分で考えて答えを出す。
その力を身に着けさせるのが学校の役割だと、私は思う。
決して特定の思想を植え付けるための施設であってはならない。
最後に
亡くなった女生徒さんのご冥福をお祈りいたします。
また、怪我をした大勢の生徒さんが、一日でも早く心身ともに回復しますように。
この先もっと多くの許し難い事実が出てくることでしょう。
今後こんな悲しい事故を起こさないためにも、しっかり調査・解明していただきたいと思います。

